鑑別の時点では人為的処理の有無が判別できなかった例2:モルガナイト

モルガナイトの写真

天然石の業界では、年々新しい人為的処理方法が生み出されていて、それに対応するような形で看破するための研究も進められています。
研究が進んでより正確な結果が得られるようになるのはとても喜ばしいことです。
ですが、それに伴って鑑別における判断基準が変化する場合があり、鑑別書を取得した時期によって鑑別結果(特に、人為的処理に関する判定)が多少変化する可能性もゼロではないので、石のコレクターとしては喜んでばかりもいられない面もあり、複雑なところではあります。

さて、鑑別の判断基準の変化という話題に関連して、今回はモルガナイトの照射処理についてのエピソードをご紹介します。

モルガナイトとは?

モルガナイトは、ピンク色をしたベリルの一種です。
ピンク色といっても、オレンジっぽいものから紫っぽいものまで様々ですが、一般的には薄めの色のものが多いです。
ベリルに属する宝石としては、モルガナイトのほかにもエメラルドやアクアマリン、ヘリオドールなどがあります。

一般的なモルガナイトの写真

一般的なモルガナイトは、このような淡めのピンクであることが多い。

モルガナイトに対する照射処理

一部のモルガナイトには、色の改善のために放射線の照射処理が行われているとされています。
この照射処理がされたモルガナイトには一定水準を超える残留放射能は残りません。(※一定水準を超えた場合、AGLではそもそも鑑別書の発行をしないルールになっています。)

鑑別書における開示コメントの変遷

AGLがホームページ上で公開している文書(平成24年5月31日付の「放射線処理モルガナイトの情報開示について」)によると、従来、モルガナイトに対しては照射処理が行われているかどうかの確証が取れなかったため、開示コメントは無しの状態で鑑別書の発行が行われていました。
ところが、研究の結果、一部のモルガナイトから自然界に存在するセシウム(133Cs、放射能なし)とは異なる同位体のセシウム(134Cs)が検出され、それらには照射処理が行われたものであることが判明しました(これが判明したのは2011年末ごろの話のようです)。
モルガナイトに照射処理が行われている場合があるという確証が得られたことにより、照射処理モルガナイトに関する鑑別書の発行は一時中止され、基準の再検討が行われました。
その後、2012年6月1日からはバックグラウンド(何もない状態での測定値)と比較してその石から有意な放射能が検出された場合、照射処理がされたものとして鑑別書に開示コメントが付けられることとなりました。

現行の開示コメント

現行(2021年4月時点)のルールでは、モルガナイトに関しては、上記の方法により有意な放射能が検出された場合には「照射処理が行われています」というコメントが付き、そうでない場合には冒頭に「通常、」が付いて「通常、照射処理が行われています」というコメントが付くことになっています。

ルール改定によって起こりうること

以前のルールであればモルガナイトには開示コメントが付かなかったのに対し、改定後のルールでは、放射能が有意に検出された場合には「照射処理が行われています」というコメントが付くことになりました。
これは、ルール改定前に購入したモルガナイトについて、鑑別書を新たに取り直した場合には照射処理のコメントが付いてしまう可能性もあるということを意味します。
(有意な放射能が検出されない場合でも、「通常、照射処理」のコメントとなります。「通常、」があるので照射処理の確証はないという意味となり、照射処理がされていない可能性も充分あるわけですが、それでも照射処理という文言が入ることになり、あまり気分が良いものではありませんよね。)

ルール改定直前の頃に取得したソーティング(実例)

2011年(ちょうど、上述の照射処理に関する事実が判明した時期とも重なる)頃、とあるネットショップでモルガナイトのルース(このページの冒頭の写真に映っている石)が販売されていました。
通常、モルガナイトは薄い色のものが多いのですが、このルースは(お店の写真で見る限り)非常に濃いピンク色をしていて、かなりの高品質であることが伺われました(その分、価格帯も通常のタイプのものよりもかなり高かったですが・・・)。

2つのモルガナイトの写真

一般的なモルガナイト(左)と本件のモルガナイト(右)。一般的なものと比べて、かなりピンク色が強い。

お店側に問い合わせたところ、このモルガナイトは無処理の石として仕入れたものであることや、鑑別書(ソーティング)の上では処理の有無は分からないことになっていることなどを説明してくれました。
この「鑑別書では処理の有無は分からないことになっている」という説明は、無処理であることを明示するコメントが付いていないという意味だと思っていたのですが、購入後に付属していたソーティング(ジェムリサーチジャパンさんによるもの)を見たところ、開示コメントとして「現時点では色の起源の判定不能」という見慣れないコメントが付いていました。

モルガナイトに付いていたソーティングの写真

購入したモルガナイトに付いていたソーティング。鑑別時点では「現時点では色の起源の判定は不能」とされていた。

モルガナイトの場合、開示コメント無しになると思っていたので、なぜこのようなコメントが付いたのか分かりませんでした。
今思えば、時期的に見て開示コメントが従来(開示コメント無し)のものから現行のものへと変化していく過渡期にあたる頃だったので、このような特殊なコメントになったのかな、などと推測できますが、当時は、加熱処理がされたかどうかが判別できないという意味だと思い、そのままスルーしてしまいました。
その後、かなり時間が経過してから、これは上述のような「照射処理の有無について、その時点ではっきりした確証が持てない」という意味だったのだろうということに気づいた次第です。

現行ルールであれば、この石は購入時のお店からの情報では無処理とのことなので、それが正しければ「通常、」が冒頭について「通常、照射処理が行われています」というコメントが付くはずです。
でも、もしこの石が実は照射処理されていて有意な放射能が検出されるタイプのものだったとすれば、「通常、」が付かずに「照射処理が行われています」というコメントが入ることになります。
どちらなのかはっきりさせるために、鑑別書を新たに取ってみてもいいかなと思うこともありましたが、万一後者のタイプのコメントが付いたらショックなので、放置したまま現在に至っています。
(でも今ならショックでもブログのネタにできるので、いずれソーティングでも取りなおしてみようかと考えているところです。)

【追記】その後、ソーティングを取ってきました。結果は別ページ(↓下のリンク)にまとめました。

モルガナイトの照射処理:再鑑別を依頼してきました

まとめ

今回は、鑑別の基準そのものが変化する場合がありうるという例を紹介しました。
モルガナイトの場合は、鑑別書における照射処理に関するコメントの内容が変わるという変化のパターンを取りましたが、モルガナイト以外の石に対する加熱・非加熱の判断基準や産地の判別基準なども、鑑別機関のサンプルのデータベースの更新や鑑別技術の発達等に伴って変化していく可能性があります。
鑑別書における処理の有無や産地に関する判断は、その鑑別機関の分析に基づく「その時点での意見」であるとされるのは、このためです。

鑑別書は我々消費者にとって非常に心強いものですが、鑑別書に記載された内容が絶対的なものとは言い切れない場合があるということも知っておきましょう。
購入時には、お店の人の言うことだけを信じる、または鑑別書の内容だけを信じるだけでなく、売り手の信頼性と鑑別書の記載内容の双方を考慮に入れたうえで最終決定を下すようにすると、失敗するリスクをより減らすことができるようになるでしょう。

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