鑑別書に関連したトラブル(実体験)その2

サファイアの写真

石が本物かどうかを確かめたり、石に対して行われている人為的処理を明らかにするために、「鑑別」という手段があることをこれまでに紹介してきました。
その中で、鑑別は信頼できる鑑別機関に依頼することが重要だと繰り返し述べてきましたが、それには理由があります。
前回の記事に引き続き、今回も、鑑別機関をきちんと選ばないとどんなトラブルが起こりうるかを、鑑別書あるあるとして実体験をもとにご紹介していきます。

※このページは以下の記事の内容の一部を構成するものとなっています。

だまされた?!鑑別書あるある(実体験)

鑑別書に関して実際に遭遇したトラブル②:加熱・非加熱の判断の相違

事例紹介

4年ほど前のことになりますが、とあるネットオークションで、サファイアのルース(裸石)が販売されていました。
商品説明欄の説明によると、このサファイアはスリランカ産で7ct弱程度のサイズがあり、しかもシルクインクルージョン(=非加熱を示唆する内包物)が見られるとのことでした。

サファイアの写真

本件のサファイアのルース(※写真は商品ページで使用されていたものではなく、購入後に撮影したもの)。写真の色は実物とはかなり違ってしまっていますが、参考までに出しています。

商品の特徴として、これだけの大きさのサファイアとは思えないほど内部が綺麗で高品質であることや、このサファイアはいわゆるカラーチェンジタイプの石で、光の種類によって、紫寄りの色からややピンク系の色に変化するとも書かれており、その様子を写した写真も掲載されていました。
写真には含まれていませんでしたが、海外の鑑別機関による鑑別書(スリランカ産、非加熱と明記)も付いているとのことでした。

付属していた鑑別書の写真

サファイアに付属していた鑑別書(写真は購入後に撮影したもの)。非加熱との表示がある。

筆者(ペットくん)の取った行動

通常、商品説明欄の「高品質」という表現はあてにならないことが多いですが、実際に写真を見る限りでは、色がやや薄いように見えるものの、インクルージョンがほとんど見られず、透明度も極めて高い様子で、7ctサイズの非加熱のサファイアとしては、それなりに高い品質であるように思われました。
出品者がどのような人(または店)なのかははっきりしませんでしたが、低価格のものから高価格のものまで様々なタイプの商品が出品されており、出品数や商品に関する説明を見る限りではかなり知識のある売り手であるように思われ、信用して良さそうな印象でした。

もともと、産地についてはそれほど関心がないので、スリランカ産であるという点はどうでもよかった(カシミール産など、別格扱いされる産地であれば別ですが、スリランカ産だから高く評価されるということもないので・・・)のですが、非加熱で大粒のサファイアという部分には非常に魅力を感じました。
とは言っても、非常に高額だったので気軽に買おうと思えるわけもなく、お金があったら買いたいなくらいの感覚で当初はスルーしました。

それから1年ほど経過したころ、たまたま臨時収入があり、かつクリスマスシーズンということで当該サファイアが若干値下げされた状態にあったので、思い切って購入してみることにしました。
ネットでの購入の場合、あまり期待するとたいてい残念なことになるので、まあそこそこきれいな非加熱のサファイアが手に入ればそれでいいや、もし大したことなかったら今後はその店で買うのはやめよう、くらいの感覚での購入でした。
が、実際に届いた石は予想以上に素晴らしい石で、色も輝きも写真以上に良いものでした。
自分がそれまでに持っていたどの石よりも品質が高く、いい買い物だったと思っています。

その後

購入したサファイアは、パッと見たところでは内包物はまったく見えませんが、強い光にかざすと天然のサファイアに特有のシルクインクルージョンが見られるなど、合成石であるような心配はまったくありませんでしたし、品質の面でも文句はありませんでした。
ただし、付属していた鑑別書については、やや不安な点がありました。
というのも、商品説明では「〇〇系の鑑別書(〇〇はヨーロッパの高名な鑑別機関が揃っていることで有名な国の名前)」が付いているとのことで、てっきりGRSあたりの鑑別書が付いているものと思い込んでいたのですが、実際に付属していたのはよく知らない鑑別機関が発行した鑑別書だったのです。

伝統的には、サファイアのシルクインクルージョンが溶けずに残っていることが、非加熱の石である証拠の一つであるとされてきました(諏訪恭一著『宝石2(2003年改訂版)』、世界文化社)。
これは、サファイアに対する加熱処理はシルクインクルージョンを融解させることによって色や透明度を改善する処理であるため、シルクインクルージョンが残っているならば加熱がされていないと判断できるためです。
逆に、サファイア内部のシルクインクルージョンが溶けていたり、その他のインクルージョンに破損が見られる場合、加熱の痕跡が見られるものと判断されます。

以上のことは、鑑別のプロセスにおいては顕微鏡による拡大検査等によって判断されるわけですが、サファイアの中にはシルクインクルージョンが溶けない範囲の温度で加熱処理(いわゆる低温加熱処理)が行われる場合があり、その場合は通常の拡大検査では加熱の痕跡を見つけることが困難であるとされています。
SSEFをはじめとする先進的な鑑別機関が出している情報によると、低温加熱処理の看破にはFTIR(フーリエ変換型赤外分光光度計)等の高度な分析装置を用いた検査が必要ですが、すべての鑑別機関が高度な分析装置を備えているわけではありません。

ということで、本件のサファイアに付いていた鑑別書を発行した鑑別機関(鑑別書には、GFCO Gem Labという名称が書かれていました)が、FTIR等の高度な分析装置を備えた機関であるかどうかが重要となってきます。
初めて見る鑑別機関だったので、インターネットで検索してみましたが、当時はホームページが存在せず、あまり有益な情報は得られませんでした。
しかし、鑑別書の表記を細かく見てみると、鑑別結果は顕微鏡による拡大検査と分光器、偏光器による検査に基づくものであると明記されていました。
つまり、この鑑別機関は、非常に原始的な鑑別装置のみしか有していない鑑別機関であり、高度な分析に基づいて鑑別結果を示しているわけではないことが判明したわけです。
(※2021年4月20日現在では、ホームページが開設されたようで、当時よりもこの鑑別機関に関して情報が得られるようにはなりましたが、彼ら自身がclassic gemological equipmentを用いていると明言しているとおり、鑑別に際して高度な分析装置を用いていないという点については特に変わっていないようです。)

鑑別書の記載内容の写真

鑑別書に記載されている鑑別機器。高度な分析装置に関する記載はない。

鑑別書に非加熱(No Heat / No Treatment)と記載されてはいますが、高度な分析装置を用いた分析が行われていない以上、低温加熱処理が行われている可能性があります。
そこで、日本の鑑別機関のうち、FT-IR等の分析装置を有する中央宝石研究所さんで改めて加熱の有無に関する分析を依頼しました。
日本のAGL(宝石鑑別団体協議会)のルールでは、加熱・非加熱の判断については鑑別書としてではなく分析報告書という形で発行しなければならないと定められていて、料金も通常の鑑別書よりもかなり高くはなるのですが、非加熱であることが確認できればそれ以上のメリットが得られると判断してのことです。

結果として、FT-IR等での分析により、当該サファイアには加熱処理の痕跡が認められたという結果が得られました。
シルクインクルージョン等は確認できるので、購入した石は低温加熱処理がされたサファイアだったということになります。

中央宝石研究所での分析結果の写真

中央宝石研究所での分析結果。特殊分析の結果、加熱の痕跡が認められた。

カラーチェンジについて

鑑別書に「カラーチェンジ」する石であると記載されるかどうかも、鑑別機関によって異なります。海外の鑑別書の場合、青紫から赤紫への変化など、比較的色相の変化が小さい場合でもカラーチェンジと記載されているのを見かけますが、中央宝石研究所さんをはじめとする日本の多くの鑑別機関の場合、カラーチェンジが起こると記載されるためは緑から赤への変化など、色相に大きな変化が生じることが必要なのだそうです。言い換えると、日本の鑑別機関の方がカラーチェンジと見なす基準が厳しいということになります。
今回紹介したケースでは、中央宝石研究所さんで鑑別を依頼した時点で、担当者の人からカラーチェンジと判断するためには色相が大きく変化しないといけないので、この石の場合おそらくカラーチェンジという記載は入らないだろうという説明を受けました。

純粋な非加熱のサファイアでなかったという点については残念でしたが、このサファイアを購入したことについては特に後悔はしていませんし、出品者に対して特に恨み言を言うつもりもありません。
低温加熱処理の場合、高温加熱処理の石よりは評価が高くなりやすいですし、シルクインクルージョンが確認できれば低温加熱がされていようが「非加熱」と見なすという考え方の人も存在するためです。
また、当該サファイアほどの色や輝きの石はこれまでに見たことがなく、仮に加熱処理がされていたとしてもこれだけの品質の石は滅多に存在しないと判断できることも理由の一つです。

出品者はおそらく低温加熱処理の可能性を把握していたはずで、「シルクインクルージョンが見られる」「鑑別書で非加熱と表記がある」など、嘘は言わないようにうまく商品説明を書いているなという印象ですが、完全な非加熱であれば品質的に考えてそもそも価格帯がもっと高くてもおかしくなかったので、それも含めた価格設定だったであろうと考えています。
また、仮に高度な分析装置をそろえた別の鑑別機関で新たに鑑別書を取得してもらうよう事前に頼んだとして、非加熱であると確認できたら値段がさらに吊り上げられてしまい、予算内で購入できなくなってしまったかもしれません。
以上のようなことから、個人的には特に騙されたという感覚は持っていません。

豆知識:分析報告書の発行について

ルビーやサファイアの加熱・非加熱に関する分析報告書を依頼した際、非加熱であるという結果が出れば良いですが、残念ながら加熱が行われた石であるという結果になることもあります。非加熱であれば、分析報告書を発行してもらう意義もありますが、加熱であることを明記した分析報告書を発行してもらってもあまり意味はありません。
中央宝石研究所さんでは分析結果次第で分析報告書の発行のキャンセルをすることができるようになっていて、キャンセルすると若干料金が安くなります。今回のケースでは、加熱処理された石であるという結果になったので、キャンセルすることにしました。キャンセルした結果、正式な分析報告書は発行されず、代わりに結果のみが記載されたシートを受け取りました。

まとめ

今回紹介したケースは、「鑑別機関によって備えている設備が異なり、その違いによって鑑別結果に相違が生じる場合がありうる」というものです。
ルビーやサファイアの加熱・非加熱の判断には、高度な分析装置が必要であるため、「鑑別書に非加熱と記載されている」というだけでは、必ずしも非加熱だと言い切れるわけではありません。
低温加熱処理を加熱処理と見なすかどうかについては必ずしも統一された見解があるわけではないでしょうが、著名な鑑別機関(海外・国内を問わず)ではいずれも高度な分析装置を用いた分析を行っていて、それがいわば世界標準に当たると考えられるので、「非加熱」という結論が高度な分析装置による分析に基づくものであるかどうかを確認しておくに越したことはありません。

筆者(ペットくん)自身、加熱・非加熱の判断は鑑別機関によって一致しないことがあるというのは知っていましたが、このケースを通して鑑別結果がどのような分析に基づいて出されたものかを確認することが重要であることを身をもって知りました。
非加熱のルビーやサファイアは通常非常に高額になるので、皆さんも非加熱の石を購入する際は、単に鑑別書が付いているということで安心するのではなく、どこの鑑別機関がどのような分析に基づいて発行した鑑別書なのかという部分もしっかりと確認したうえで判断することをお勧めします。

教訓
  • 鑑別書に非加熱と記載されているからといって、絶対安心とは言い切れない(すべての鑑別機関が高度な分析装置を備えているとは限らない)
  • 鑑別書付きの商品を購入する際は、その鑑別結果がどのような分析に基づいて出されたものなのかを確認しよう

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