ベリル(アクアマリンやエメラルドと同じ鉱物)のうちピンク色のものをモルガナイトと呼びます。
現在では、モルガナイトには色の改善のために人為的な照射処理がされることがあることが知られていて、鑑別書にも「通常、照射処理」といった文言が入るようになっていますが、以前はそうした処理が行われていることが知られておらず、鑑別書における処理に関するコメントには現在に至るまでの間に変遷がありました。
さて、ちょっと前に「鑑別の時点では人為的処理の有無が判断できなかった例」としてモルガナイトのケースを紹介しました(以下にリンクを貼っておきます)。
その中で、「鑑別ルールが変わったので、処理の有無不明との鑑別結果が出ていたモルガナイトを改めて鑑別に出してみようかな」的なことを書いてそのままずっと放置していたのですが、この度実際に中央宝石研究所さんで鑑別(厳密にはソーティング)を依頼してきたので、その結果を報告したいと思います。
天然石に対する「照射処理」については、以下のページにも少し書いています。
天然石に対する人為的処理:放射線照射もくじ
モルガナイトの再鑑別
今回の話題の主役は、10年ほど前に購入したモルガナイトです。
購入時に付いていたソーティングには「現時点では色の起源の判定不能」と書かれていましたが、販売店側の説明では、鑑別では処理に関する判断は付かないが無処理であるとのことでした。
詳細は上記の関連記事を見ていただければと思いますが、今回の内容を簡潔に言うと、当時鑑別ではっきりしなかった処理の有無について、その当時とは鑑別の表記ルールが変わったので再度鑑別を依頼してきたという話になります。
現行のAGL(一般社団法人宝石鑑別団体協議会)のルール
2021年10月現在では、AGLの「各種宝石の表記およびコメント」によると、モルガナイト(赤橙色~紫ピンク色のベリル)には一般に照射処理が行われているということで「通常、照射処理が行われています。」というコメントまたは「照射処理が行われています。」というコメントが入ります。
どちらになるかはシンチレーションカウンターによるチェックで基準値(バックグラウンド)を超える有意な数値が出たかどうかによって決まり、有意な数値が出たら照射処理されていることが確定されて後者に、出ない場合は「通常」が付く前者のコメントになります。
前者(「通常、照射処理」)という判定になった場合、その石が無処理である(照射されていない)可能性と、痕跡が残るほど強い処理ではないものの照射はされているという可能性があり、どちらなのかは判断が付かないということになります。
なお、2011年6月の段階では、モルガナイトの照射処理に関する知見や鑑別方法が確立していなかったようで、その当時購入したモルガナイトのソーティングには以下の写真のようなコメントが付いていました。
中央宝石研究所さんにて再鑑別の依頼
本件のモルガナイトは、モルガナイトとしてはかなり色が濃く、そのお店で売られていた他のモルガナイト(同程度の大きさで、色が淡いもの)の数倍の値段が付いていました。
当時は、無処理でこの色ならこれだけ高いのも無理はないのかもしれないと思って購入しましたが、色が濃いということはがっつり照射処理されている可能性も否定はできないわけなので、今回改めて中央宝石研究所さんで再鑑別を依頼してみることにしました。
鑑別したところで、少なくとも「通常、照射処理」というコメントが入るので完全に無処理であることを証明することはできませんが、痕跡が残るほど強い放射処理を浴びているのであれば「照射処理」となり、その場合は少なくとも無処理で無いことが確実にわかり、お店の人が嘘を言っていたということの証明にはなります。
これだけ濃い色を出すためにがっつり照射処理を受けたという可能性は充分ありそうなので、そうではないということを確かめることができるだけでも一歩前進、というくらいの感覚ですね。
ということで、中央宝石研究所さんに石を持ち込んでソーティングを依頼しました。
その際伺った担当者の方のお話では、鑑別対象の石がモルガナイトだった場合、処理に関する鑑別結果としては以下の3つのパターンがあるとのことでした。
- 「通常、照射処理が行われています。」というコメントが入る
- 「照射処理が行われています。」というコメントが入る
- 「鑑別書の発行不可」
照射処理されているという明らかな痕跡が無い場合でも、検出できない程度の照射処理を受けている可能性は残るので無処理かどうかは断定できず、「通常、照射処理」というコメントが入るという説明でしたが、こちらとしては明らかな痕跡があるかどうか(コメントに「通常」が付いてくれるかどうか)を見れればとりあえずOKなので、そのままソーティングを依頼しました。
なお、照射処理の影響により基準値を超えるほどの残留放射能が検出された場合、「鑑別書の発行不可」というパターンになることも可能性としてはある、とのことでした。
(AGLが発行している文書によると、昔、グリーンダイヤモンドやクリソベリルキャッツアイ等でこういう事例があったようで、基準値を超える残留放射能が検出された場合は鑑別書を発行しないというルールになっているようです。)
結果
で、結果が返ってきました。
コメント欄は、「通常、照射処理が行われています。」となっていました。
上述の通り、「通常」が付いているので、「無処理とは断定できないものの、少なくとも明らかに照射処理されたものであるというわけでもない」ということになり、販売店側の「無処理」という売り文句は正しい可能性が残されました。
(購入から10年経っているので、その間に残留放射能が弱まったとかいう可能性もあるかもしれませんが、それは考えないことにしておきます。)
その他いろいろ
モルガナイト以外にも、ピンク~レッドのトルマリンやブルートパーズなど、一般に照射処理が行われている石は数多くありますが、いずれの場合も鑑別では無処理かどうかの判定はできず、「通常、照射処理」というコメントが入ります。
例外はダイヤモンドで、例えばブルーのダイヤモンドの場合は天然の色のものと照射処理によって色が付けられたものがありますが、鑑別でどちらなのかを判別することが可能となっています。
ダイヤモンドは非常に高額で、処理の有無による価値の差が極めて大きいので鑑別の需要があることから、研究が進んでいるのに対し、モルガナイトやブルートパーズなどは(ダイヤモンドに比べれば)価格が安く、処理の有無を判定したいという需要も強くないので、わざわざ判別方法の研究・確立をすることはコストに見合わないということなのでしょう。
最近は天然石を扱うお店もリアル・ネットともに増え、各地でミネラルショーが頻繁に開催されていてワンコインで購入できるような石もたくさんあったりするので、石にはまる人もそれなりに増えているような感じがしますが、天然石には様々な処理がされているということを知らずに売っている(またはあえて言わない)お店もあり、結果的に、購入者が処理の有無を知らされないまま入手してしまう事例が結構あるのではないかと思います。
このブログでは繰り返し書いてきていることですが、処理によってきれいな石が安価に入手できるようになっているという側面もあるので、処理自体が悪いということではまったくありませんし、処理されていることを知って納得したうえで購入することはまったく問題ありません。
ただ、石に関して詳しくない初心者の方だと、「100%天然の石だと思って買ったのに実は処理がされていて、しかも放射線で?!それって危ないんじゃないの?」みたいに、後からそうした事実を知りがっかりしたり不安になってしまう人も少なからずいるのではないかと思われます。
天然石を手にすることはとても楽しい趣味の一つと考えていますが、せっかく楽しいはずの趣味をするのに「がっかり」とか「不安」といった経験をされてしまうのはとても残念なことなので、こうした処理に関する開示がもっと行われるようになると良いなと思っています。