エメラルドにはオイルや樹脂の含浸処理が行われるのが一般的です。
エメラルドには結晶にキズがあることが普通で、含浸処理によってこのキズが見えにくくなっているのですが、含浸された物質(特に、オイル)が長年のうちに抜け落ちてしまい、購入時に見えなかったキズが後から見えて来る場合があると言われます。
今回は、こうした経年変化について、実体験を書いてみます。
【関連:エメラルドの含浸については↓で詳しく書いています】
エメラルドの含浸処理:国際基準(LMHC)と国内の宝石鑑別協議団体(AGL)の基準の比較もくじ
エメラルドのオイル含浸:10年間での経年変化
ケース①: エメラルドのルース
筆者がエメラルドを初めて購入したのは10年ほど前のことでした。
もともと緑色が大好きなのでずっとエメラルドには関心があったんですが、水晶などのありふれた石に比べると小さいのに極めて高額なのでなかなか購入に踏み切れずにいたとき、たまたま御徒町のとあるお店で特価でネット販売されているエメラルドを見つけました。
お店の売り文句としては「目の覚めるような鮮やかな発光と発色、明るくきれいなエメラルドグリーンカラー」「透明度が高くインクルージョンは肉眼で全く気にならない」「目立つ欠けや面キズもない」とのことですが、こういうのは嘘にならない範囲で最大限ポジティブ思考満載の書き方がされていることが普通なので、額面通り受け止めるとたいてい残念なことになるものです。
「明るくきれい」→「色が淡い」とか、「インクルージョンは肉眼で全く気にならない」→「肉眼で気にはならないけどばっちりインクルージョンがある」・・・みたいな感じで適宜置き換えつつ、写真を見て検討することに。
写真を見る限り、色はあまり濃くなさそうでしたが、サイズもそれなりにあり照りも悪くなさそうな感じの石で、内容の割に「良心的」な値段に思われ、初めて購入するには良さそうな感じがしました。
そのエメラルドにはソーティングが付けられていて、無色透明材の含浸処理がされた天然エメラルドであることが明記されていました。
含浸処理はエメラルドには当たり前に行われている処理であり、特に問題がないと見なされていることは知っていたので、特にその点は気にせず、最終的に購入することにしました。
実際に届いてから見てみると、写真よりはちょっと淡い感じでしたが、若干暗めのところでは割といい色に見えるし、インクルージョンもそこまで気にならない感じで、まあまあいい買い物だったと思える石でした。
経年変化
その後、サイズはとても小さいが色がとても良い別のエメラルドを購入したこともあり、このルースに関してはしまっておいてたまに眺める程度になりました。
(色石の場合、色が良いもの並べて見てしまうと色あせて見えてしまうので、どうしても出番が減ってしまいます。)
そうして購入から10年以上が経過した今でも、パッと見た感じでは大した変化が起こっていないような印象です。
が、当時の写真と見比べてみると、明らかに購入時よりもインクルージョンが増えていることに気づきました。
これは、明らかに含浸処理されたオイルが抜けて、インクルージョンが見えるようになってきてしまったものと考えられます。
おそらく、購入後数年くらい経過した時点でも徐々にオイルは抜け始めていたでしょうが、定期的に見ていると変化がゆっくりなので気づきにくいようですが(脳のアハ体験のようなもの?)、購入時と現時点での写真を見比べるとはっきり分かります。
石を透かして見ると余計にインクルージョンが目立ち、石全体がインクルージョンだらけに見えます。
インクルージョンが白く光って見えることにより、透明感が減少するだけでなく、石の色がより淡く(白く光るので、その分色がより明るく)見えるようにもなっています。
無色透明材の含浸により、クラリティの改善だけではなく色調も良くなることはGIAの論文をはじめ様々なところで言われていますが、オイルが抜けた今見てみると、確かにな、と感じるところです。
ケース②:エメラルドのネックレス
ケース①のルースを購入したのとほぼ同時期くらいのタイミングで、下の写真のエメラルドのネックレス(中古)を購入する機会がありました。
こちらの石はルースと比べると4分の1程度の大きさしかありませんが、こちらの方が色がしっかり乗っていました。
肉眼で見た感じでは、インクルージョンの目立ち具合はルースの方とあまり変わらないような印象でした(鑑別書でも、「無色透明材の含浸が行われています」ということで、ルースの方と同じ条件)。
値段はルースよりもこちらのネックレスの方が少し高かったですが、色石の評価はやはり色が重要ということと、枠のプラチナ等の金額も含まれたりしているだろうから仕方ないのかな、という感じに受け止めていました。
経年変化
このネックレスに関しても、購入してから10年以上が経過しました。
購入当時の写真はない(ネット販売ではなかったので)ため直接見比べることができませんが、購入当初と比べてインクルージョンが目立つようになってきた印象はありません。
もちろん、最初からインクルージョンは見えましたが、ルーペで見てみると、ケース①のルースよりもこちらの方が内部から表面に達した面キズが少ないように見えます。
面キズが少ないことで含浸の程度がそれほど激しくなかったため、10年経ってもそこまで見た目に変化が起こらなかったのでしょう。
教訓
エメラルドの含浸処理に関しては、同じ年月が経過しても、経年変化が激しい石とそれほどではない石があります。
軽度の含浸処理であれば経年変化は少なく済みますが、含浸処理の程度が増すほどに経年変化の度合いも増すと考えられます。
ケース①のルースは、お店の売り文句では「目立つ欠けや面キズもない」とのことですが、目立たない面キズが大量にあって重度の含浸処理がされており、見かけはよく見えても品質は極めて低い石だったようです。
それを考えると、安い値段で売られていたのは良心的な値段というよりもむしろ品質に見合ったものだったのだということになり、ある意味大変納得できます。
このサイトでは繰り返し述べていることですが、「本当に良いものが安い値段で売られることはまずない」というのが、ここでも当てはまるようです。
一方、ケース②のネックレスの方は、若干インクルージョンが目立つようになったかも?くらいな程度で、見た目にそこまで大きな変化は生じていません。
こちらは小さいにもかかわらずルース①よりも値段が高かったですが、こちらは含浸の程度が相対的に軽度であり、表面的な見た目では分からない品質の違いが価格にも反映された結果そのようになっていたのだと考えられます。
こうした経年変化はかなり長い時間をかけて生じるもので、数日とか数カ月程度で起こるわけではないですが、一生もののエメラルドを購入しようと考える場合、やはり10年程度で劣化してしまっては困るわけで、それを避けるためにも含浸処理の程度には気を付けるべきでしょう。
別の可能性として、ケース②のネックレスについては含浸の程度が少なかったのではなく、オイルと比べて抜けにくい樹脂が含浸物質が使用されていて、その結果として経年変化が起きていないように見えたということもあり得ます。
普通に考えて、樹脂の方がオイルよりも抜け落ちにくいと考えられ、実際にそれを確かめたGIAの研究論文等も存在しています。
ただし、単なる耐久性の勝負では樹脂の方が優れていても、一般的にはオイルの方がより「自然」に近いと受け止められるために好まれやすいということで、オイルと樹脂のどちらがより「良い」のかについては実際のところ業者間でも賛否あるようです。
購入時点ですでに含浸物質が分かっていればいいですが、上で紹介した例のように購入時点でオイルか樹脂かがはっきり分かっていることは(少なくとも現状の日本だと)まれなケースだろうと思われます。
含浸されているのがオイルなのか樹脂なのかを知りたければ、含浸物質の種類まで特定してくれる鑑別機関に出して見ないといけないことになりますが、下手をすると鑑別料金が石自体の値段よりも高くなってしまいかねないので、よほどの高級なエメラルドでない限り、正直言ってやるメリットはないと言えます。
含浸物質がオイルであれ樹脂であれ、面キズが少ないエメラルドほど含浸処理による影響が小さくなる(=経年変化も起こりにくくなる)ことは間違いないことです。
プロが面キズのチェックの重要性を強調するのはまさにこれが理由なのでしょうが、熟練しないと正確には判断できないので、個人的には、よほど腕に自信がある場合を除き、鑑別書におけるエメラルドの含浸の程度(F1, F2, F3など)の表示を参照するのが合理的なのかな、と思う次第です。