鑑別書に関連して起こりうるトラブル(実体験)その3

当該ルビーのリングの写真

石が本物かどうかを確かめたり、石に対して行われている人為的処理を明らかにするために、「鑑別」という手段があることをこれまでに紹介してきました。
その中で、鑑別は信頼できる鑑別機関に依頼することが重要だと繰り返し述べてきましたが、それには理由があります。
前々回および前回の記事に引き続き、今回も、鑑別機関をきちんと選ばないとどんなトラブルが起こりうるかを、鑑別書あるあるとして実体験をもとにご紹介していきます。

※このページは以下の記事の内容の一部を構成するものとなっています。

だまされた?!鑑別書あるある(実体験)

鑑別書に関して実際に遭遇したこと③:色に関する判断の相違

今回紹介する実例は、前回や前々回に紹介したケースとは異なり、購入前に気づかなかった点が購入後に判明してがっかりというタイプのものではありません。
しかし、このブログを見てくださっている方々(特に、宝石にあまり詳しくない人)も遭遇しうるケースだとと思われるので、注意喚起を兼ねて紹介する次第です。

事例紹介

10年ほど前のことになりますが、中古品を扱うとあるお店で、ルビーのリングが販売されているのを見かけました。
お店の説明によると、このルビーは2ctのモザンビーク産であるとのことでした。
モザンビークは当時ルビーの新産地として出始めのころで、ルビーの産地として評価が高いミャンマー産に比べるとまだ評価が定まっていない産地ではありましたが、非常に鮮やかな色で、しかも輝きが凄いというのが第一印象で、決して平均的なミャンマー産ルビーに劣る品質ではないように思われました。
実際、そのお店にはほかにもたくさんの(そして、より高額な)ミャンマー産ルビーが置いてありましたが、色の面でも輝きの面でもこのルビーが最も優れている印象でした。

当該ルビーのリングの写真

当該ルビーのリング(写真は購入後に撮影したもの)

その場では購入には至らず、そのまま数年が経過しましたが、様々な鑑別機関が行ったモザンビーク産ルビーに関する研究結果が公開されるようになり、情報が徐々に入ってくるようになりました。
曰く、モザンビーク産のルビーにはミャンマー産に匹敵する高品質のものもあり、非加熱の石も比較的手に入りやすいが、発見された当初に比べて高品質のものは手に入りにくくなってきており、徐々に評価も高まりつつあるとのこと。
色々と情報を得ていくうちに、徐々にモザンビーク産のルビーに関心が出てきて、その後さらに数年経ったころ、まだそのルビーのリングが販売中だったので、色々と悩んだ結果購入することになりました。

ルビーの色について

ルビーの色は、伝統的にピジョンブラッド(鳩の血)と称される鮮やかで濃い赤色をした石が高く評価されてきました。
鑑別書では、ルビーの色は赤(red)が標準となりますが、鑑別機関によっては特に鮮やかで濃い赤のルビーに対してvivid redやピジョンブラッド(pigeon’s blood)といった表記を行う場合があります。
大きさや輝きなど、他の条件が同一であれば、一般的には通常のred(またはpurplish redやpurle red)よりもvivid redと判定されたルビーの方が市場で高く評価される傾向にあります。

ただし、vivid redやピジョンブラッドと判定する基準については、鑑別機関によってもずれがあり、ある鑑別機関ではvivid redと判定されたのに、別の鑑別機関ではその判定は得られなかった、というようなことが起こります。
本件のルビーについても、このような事態が生じていました。

鑑別機関による色相の判定の相違

このルビーには2つの鑑別書(それぞれGRSが発行したものとGIAが発行したもの)が付いていました。
GRSもGIAも、独自の基準に基づいてvivid red (pigeon’s blood)の判定を行う鑑別機関ですが、このケースでは、GRSの鑑別書の方では色相がvivid redと判定された一方で、GIAの鑑別書の方ではvivid redではなく通常のredという判定であり、鑑別機関によって色の評価が異なっていたのです。
なお、産地や加熱処理の有無については両鑑別機関ともモザンビーク産・非加熱との見解で、色相以外の部分では共通の結果となっていました。

付属していた2つの鑑別書の写真

付属していたGRSの鑑別書(左)とGIAの鑑別書(右)。鑑別機関によって色相の表記が異なっていることが分かる。

今回紹介したケースでは、GIAの方がGRSよりも評価が厳しい(GRSでvivid redだからと言って、GIAでもvivid redになるとは限らない)ということになりますが、これはルビーに限った話ではなく、サファイアのblue / vivid (deep) blue(後者はロイヤルブルー等の呼び名が付きます)の判定でも、やはりGIAの方が評価が厳しいという印象を受けます。
GRS-GIA間に限らず、2つの鑑別機関の間で色相の判定が一致するとは限らない(このケースではGRSは甘めの判定ということになっていますが、鑑別機関の中にはGRSよりもずっと甘い基準のところもあるかもしれません)ので、鑑別書にvivid redやピジョンブラッドという表記があるからといって、それだけで良いものと思い込むのは避けた方が良いでしょう。

ピジョンブラッドの表記について

鑑別機関による表記方法の違い

ピジョンブラッドの判断基準だけでなく、表記の方法も鑑別機関によって若干異なります。GRSの場合は「vivid red (GRS-type “pigeon’s blood”)」のように色相と並列での表記となります(GRSが定めるピジョンブラッドの基準に合致する色であるという意)。GIAの場合、色相の表示とピジョンブラッドの表記は別々になり、色についてはvivid redと表記され、コメント欄に「The color appearance of this stone is described in the trade as “Pigeon’s Blood”.」(商取引において、この色の石はピジョンブラッドと称される)という表記がされます(ピジョンブラッドというのはあくまで商取引上の呼称であるというニュアンスの表現になっています)。

今回紹介したGRSの鑑別書では、vivid redの後にGRS-type “pigeon’s blood”の表示がありませんが、これは当該ルビーが産地の特性上蛍光性が弱いためにGRSの基準に合わなかったためだと思われます。このあたりの話はいろいろな要因が絡んでいるうえ、同一鑑別機関内でも基準が更新されたりしているので複雑な話になります。また機会があったらより詳しく取り上げて、情報を整理してみたいと思います。

日本の鑑別機関におけるピジョンブラッドの表記

日本の鑑別機関(AGL加盟団体)では、AGLルール上、鑑別書にピジョンブラッドのような表記を行うことが許されていませんでしたが、2021年3月1日以降、AGL加盟団体でも鑑別書の備考欄でピジョンブラッドやロイヤルブルーの表記が可能となることがアナウンスされています。AGLのピジョンブラッドやロイヤルブルーの基準が、GRSやGIAと比較してどの程度厳しいものとなるのか、大変興味深いところです。このAGL基準については、同一のマスターストーンセットを用いることでAGL加盟団体間で結果が異なることがないよう配慮されていますが、加盟している機関の間で本当に相違が生じないかどうかにも注目です。

鑑別書での色の評価に関する注意点

一般には、ルビーであればvivid redと判定された石の方が高く評価される傾向がありますが、宝石の美しさは単純に色だけで決まるというものではないため、鑑別書でvivid redと判定された石よりもredやpurplish redと判定された石の方が見た目上美しく見えるという可能性も充分にあります。
vivid redと判定される石は、鮮やかかもしれませんが色が濃い目になるので、輝きが十分でない石の場合には黒っぽく見えてしまい、非常に明るい場所以外では魅力的には見えない可能性があります。
色の好みや使用場所も人それぞれなので、やや淡めの色であっても良く輝き、照明がそれほど強い場所ではなくてもきれいに見える石の方がその人にとっては良いということもあるでしょう。

また、redやvivid redというのはあくまで一定の「範囲」を示すカテゴリになるので、同じred(またはvivid red)のカテゴリに分類された石同士を比べてみると、その中でも色のばらつきが生じてきます。
例えば、下の写真のルビーはともにGIAでred判定を受けた石になりますが、2つの石の色合いは若干異なります(ブラウザ上ではっきりと判別できるかわかりませんが、肉眼では左の方がややピンク寄りの赤、右側はわずかにオレンジ寄りの赤で、全く別の色に見えます)。

2つのルビーのリングの写真

GIAの鑑別書でredと判定された2つのルビー。同じred判定の石であっても、色味が異なる。

このように、同じredと判定された石の中にも、ややピンク寄り(淡め)のred、やや紫寄りのred、vivid redに近いred、・・・のように様々なバリエーションが生じうるわけですが、こうしたことを逆手に取ると、vivid redに非常に近い色だが鑑別書でred判定だから値段が安くなっている石をあえて選択するなど、自分にとってより望ましい石をより安く購入することができるかもしれませんね。

今回のケースで紹介したモザンビーク産のルビーについては、GIAの鑑別書ではvivid redの評価ではなかったものの、色や輝きの面で非常に優れていたので、その点を考慮して購入することにした次第です。

まとめ

今回紹介したケースは、「鑑別機関によって色相の判断基準が異なり、結果的に色相の判定結果に相違が生じる場合がありうる」というものです。
どの色のカテゴリと判断されるかによって市場での価値も影響を受けますが、判定がやや甘い鑑別機関もあれば厳しい鑑別機関もあるので、どの鑑別機関による判断結果なのかを確認しておく方が望ましいでしょう。

また、宝石の美しさは色の観点のみで決められるものではないため、鑑別書での色の表記にこだわりすぎるのも望ましいとは言えません(この点は個人の価値観次第ではありますが)。
鑑別書で同じカテゴリの色に属すると判定された石の間にも色相の違いがあり、肉眼で見ると全く別の色に見えるという場合もあります。
鑑別書での色の表記を鵜呑みにするのではなく、実際に見て自分が気に入るかどうかを判断基準にすると、結果的により良い買い物ができる可能性が高くなるでしょう。

教訓
  • 鑑別書における色相の判定結果は、鑑別機関によって大きく異なる場合がある
  • 鑑別書における色相の判定結果と、実際の見た目(美しさ)は必ずしも相関があるわけではない

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